rocco's log ~the 社労士 trader~

社労士試験、投機関連(大阪金先物が中心)その他諸々。このブログのトレードに関する箇所は、僕の勝手な相場観を書いています。価格も僕の予測に過ぎません。内容の正確さに最善は尽くしていますが、一切の責任を負うものではありません。売買は必ずご自分の判断で行って下さい。また、記事中で氏名の敬称は原則として省略しています。ご了承ください。

4回目のワクチン接種。

5月に都庁内で3回目の接種をして半年。今回は場所を変えて、24日に東京駅の地下会場で済ませてきた。最初の2回はモデルナ、3回目以降はファイザー製を接種しているが、2回目以降はそれなりの副反応が出ている。今回も接種翌日の25日に頭重感、倦怠感、そして軽めの発熱(最高で37.3)があった。イブプロフェンを1錠ずつ2回服用。

翌日起きたら体調はほぼ元に戻ったように感じたが、土曜日(26日)、仕事に行ったら、まだちょっとアタマに違和感があった。もっともこれは、接種とは無関係かも知れないが。

それにしても、今回の接種会場でもパンダの映像が流れていた。気分が和むとでも思っているのかな。僕など、億はかかると言われる飼育経費のことを考えてしまうがな。実は現在上野動物園にいるパンダ(シャオシャオ、レイレイと呼ぶらしい)、ネーミング募集に、僕も応募した。これには絶対の自信を持っていた。オスはチ〇チ〇、メスはブ〇ブ〇である。絶対の自信、と言う割には、〇でしか表記できないところに若干の弱さはあるが、友人に話したら、そんな下品な名前、絶対に通るわけない、と言うことでその通りになってしまった。

ところで、僕が応募したこのネーミングは、オリジナルではない。もう大分前になるが、広島電鉄の中吊り広告に先例がある。もっともこれは、電鉄会社なので「チンチン」電車で「ブラブラ」しよう、と言う意味だろう(まともな主旨なので、こっちは〇表記していない)。誰の考案かは知らないが、キャッチを考えるなら、これくらいセンスの良いものにしてほしいな。僕のネーミングは、これを主旨を変えてパンダに当てはめよう、というものだったが、ダメだった。でも、選考委員(と言うシステムをとっていたか否かも知らないが)の中で、「面白いが、ちょっと下品だな」くらいの印象に残ってくれれば良かったのだが、どうだったかな。

元来、動物園は、その必要性は理解しているつもりだが、あまり好きな場所ではない。檻の外からずっと見られ続ける気分はどんなものだろう。もっとも、動物たちにはそういう感覚は無いのかも知れないが。人間界にも、目に見える檻か否かは別にして、こう言う国があるからな、、、。こんなことを書いているうちに、ほぼ状態は戻って来た。先週後半はまともなトレードがほとんど出来なかった。今週は飛躍したいね。

 

二人の死について書く。

まず、村田兆治。一度見たら忘れない、個性的な投球フォームだった。村田は暴投の日本記録保持者だ(プロ通算148。ちなみに2位は石井一久115。かなりの差だ)。これだけを見ても、決して手を抜かない、全力投球のイメージである。江川とはかなりイメージが異なる(江川は歴代暴投30傑には、もちろん入っていない)。

それから、村田でもう一つ有名なのは、始球式での投球だろう。60歳を過ぎても140キロ近い速球を投げていた。僕が高校の頃、友人と球速を計ったことがあった(そういう場所があったのだ)が、目いっぱい投げて90キロも行かなかった記憶がある。そういう経験があるだけに、60歳で140キロなんて、ありえない数字に思えた。

でも、別の一面では、年相応というか、時代(自分の年齢)の変化への適応、と言う点でどうだったのかな、と言う疑問もわく。これに加えて例の羽田空港での事件が追い打ちをかけたのだろう。この件については現場に居合わせたわけではないので、何とも言えないが。ま、悲しいかな、現代社会は、状況によっては、ちょっと体を押しただけでも暴行になってしまう局面があるのだ。特に、今回は場所が場所だけに、なお更だろう。

もしこのことが今回の出火の契機になっているとすれば、自ら、と言うことになるが、本当のところはわからないな。

それにしても、215勝を挙げ、名球会入りもした大投手の最後としては悲しすぎる。

 

そして、大森一樹。忘れられない作品を幾つも残してくれた。なかでも、

ヒポクラテスたち

風の歌を聴け

ゴジラVSビオランテ

ゴジラVSキングギドラ

この4本は、僕にとって、これからも度々観たくなる作品だ。

1  は、医学生の青春群像。のちに自殺してしまう古尾谷雅人の飄々とした演技が魅力的だった。大森は医師免許を持つ珍しい映画監督だ。そういう意味で本作には結構思い入れもあったんだと思う。僕はトレーディングの途中で、よく本作のテーマ音楽を口笛で吹くんだよ。こういう時は大体、勝負に勝つときだな。

2  は、村上春樹作品の初の映画化だと思う(詳しく調べたわけではないが)。村上作品の映像化はその後、何本も作られている。僕も近作の『ドライブ・マイ・カー』などいくつか観ているが、その中では本作が間違いなくベストだ。大森は村上と同郷で、歳もあまり離れていない。その意味で、初期の村上作品の「理解度」は相当高いのではないか、と思う。キャスティングもこれ以上ない、と言うくらいピッタリ。前年に『ヒポクラテスたち』がキネ旬の3位を取っていたので、本作はそれと同等か、ひょっとして1位も、と言う感じでいたら、結果はベスト10にも入らなかった。その中で、今野雄二だけが1位票を入れていたっけ。僕はこの時、わかっているのは今野だけ、と思ったものだ(そういえば、今野も自殺したんだっけな)。

3,4 は、ともに見応えのあるゴジラ映画。怪獣映画と言うだけで毛嫌いする向きもあるが、先入観なしに、とにかく観てほしいな。特に 4 については「取るに足らぬ極東の小国」と言う、最近(あるいは近未来)の我が国のポジショニングを象徴するようなセリフが出てくる。確かに最近の我が国はこういった方向に進みつつあるが、本作は1991年(バブル崩壊直後)の作品だ。よくこの時期にこういう発言(セリフ)が出てきたものだ。しかし本作はそれだけに終わらない。未来の日本人から見た、現在の我が国国民に対する愛しき眼差しが感じられる作品に仕上がっている。

 

映画作家を追悼するには、作品を観るのが一番だと思う。

 

お二人のご冥福を祈ります。

ここ数カ月、ずっと気になっていたことだが、

僕ははてなブログで入っているグループを変更していないので、「デイトレード」など、投機・金融関係のグループにそのまま入り続けている。最近は「読後感・書評」「映画」「音楽」ネタが多いが、新しい記事をアップすると、直接関係ない「デイトレード」などの投機関連のグループにも反映されてしまう。

現在、トレード関連は、はてなブログから アメーバブログに移している。残念ながらアメーバでも、商品先物デイトレード関連ネタを書いている人は多くない。だが、225先物やFXなどの類似分野にまで広げれば、それなりの人数がいるので、ま、当分は、トレードネタは基本、アメーバに書こうと思っている。 ロッコのブログ デイトレ アメーバ で、僕の記事が出てきます。僕のデイトレに興味がある人(ま、ほとんどいないだろうが)は、これで検索して下さい。

ちなみに、トレード記事を将来、はてなブログに戻すか否か、何も考えていない。元々、デイトレードの記録、と言う記事は、他の記事と性格がかなり異なるのでアメーバに分割した経緯がある。したがって、そのまま一体化させても元に戻ってしまうだけなので、あまり意味がない。日々のトレード記録は今まで通りアメーバで、月次の所感は両方に書くのも良いか。まぁ、この辺はちょっと考えようかと。

それにしてもアメーバははてなと、ブログ参加者の層が違う気がする。収益化を目指したブログが多いのだ。ブログで収益を目指すって、考えたこともないよ。トレードの方が儲かるんじゃないかな。それから、芸能人や有名人ブログが多いようだ。個人的には、こう言うのに興味はないので、ほとんど見ないのだが。

 

 

「イエスタデイ」(映画 2019年)を観る。

世界規模の停電によって、ビートルズが存在しなかった世界になってしまった。しかしその中に、ごくごく少数、停電前の世界(ビートルズが存在していた世界)の記憶がある者がいて、その一人が主人公(ジャック)だ。

彼はビートルズの作品を自分の作品として歌い、スターへの道を歩もうとする。ある日、コンサートが終わった後、楽屋に二人のファンが訪ねてきた。彼らはジャックと同じ、停電前の世界でビートルズの存在を覚えていた。ジャックは、ビートルズの曲を自作の曲として歌っていることを謝罪するが、彼らの反応は意外にも、ジャックにビートルズの曲を歌って広めてもらったことへの謝意だった。そして二人はジャックにあるメモを手渡す。そこには、ビートルズが存在しない世界で生きているジョン・レノンの住所が書いてあった。ジョンは船乗りとして人生を生き、齢78になっていた(ビートルズが存在しない世界なので、銃撃による死亡からも免れていたわけだ)。

この二人の出会いの場面は良かったな。ジョンはジャックにサジェスチョンを与え、結果的にジャックは、今まで自分が歌ってきた曲は自作ではなく、別に作者がいること、そして自分の富や名声を投げ打ち、これらの曲をネット上に無料公開することを決意する。

 

我々は現実世界で、ジョンが凶弾に倒れたことを知っている。それまでの数年間、ビジネス面はヨーコに任せ、ジョンはショーンを育てながら主夫業に専念していた。そんな経験を経ての再スタートの第1弾が『ダブル・ファンタジー』だったわけだ。存命なら80年代以降、こうした新しい生活に根差した数々の傑作を我々は聴くことが出来たはずだ。

本作のジョンは、もちろん曲を発表するわけではない。でも、78歳で存命と言う設定が、昔からのファンを泣かせるな。パラレルワールドと言う設定だと、こう言う夢のある作品も作れるわけだが、ファンとしては、現実世界でジョンに生きていて欲しかった。この作品を観て、そんな思いが込み上げてきたな。

『365日ビートルズ』(藤本国彦 著 扶桑社 刊)購入

この本は「読了」ではなく「購入」である。

 

タイトルに「365日」とあるように、何月何日(何年)には、ビートルズ関連でどんなニュースがあったか、と言うことを、1/1~12/31まで、順を追って書いたものだ。

だから、本欄で紹介している他の多くの書籍のように、最初のページからきちんと読むような性格のものではない。「今日はビートルズにとって、どんな日だったのかな?」と言う感じで、その日その日を日めくりしていく。こういう本があっても良いな。

 

考えてみれば、ビートルズは凄いバンドだ。ビートルズコピーバンドなど、日本だけでもたくさんあるだろう。また、本書の著者のように、ビートルズをネタにして生計を立てている人もいるのだろう。

考えようによっては、特にコピーバンドなどは人の褌(ふんどし)で相撲を取る、と言って言えなくもない。でも、相撲をとれるようになるまでには相当のレベルに到達する必要があることも確かだ。本書もビートルズが存在しなければ成り立たない本であることは事実なのでが、些細なことまで知りたい、と言うファンの欲求にこたえるには最高の一冊ではないだろうか(まだ、パラパラとめくってみただけだが、よくこれだけ細かいことを調べたもんだ)。

 

それにしても、ビートルズが解散して既に50年以上経つのに、コピーバンドや映画、書籍など、ビートルズ関連ビジネスは未だ衰えを知らない。60年代に活躍した他のアーティストの曲は、その多くが時代を感じさせ、古臭く聴こえるようになってしまったが、ビートルズは、録音技術的な古さはあっても、感覚的に古さを感じることはない。それどころか「イン・マイ・ライフ」「イエスタディ」「サムシング」など多くの曲が、以前と比べ、より研ぎ澄まされたように聴こえてくる。本当に不思議だ。

 

今年の春に、本欄でも時々ご登場いただく、ビートルズサークルのM会長とお会いしたとき、本書の著者である藤本氏の名前も出てきた。同氏は某カルチャーセンターでビートルズ関連の講座を持っており、その名称が「藤本国彦と行くロンドン&リバプールビートルズゆかりの地巡りの旅」と言う、聖地巡礼の旅である。2017年前後に3回ほど行われたらしく、M会長は2017年のツアーに参加された、と言うことで、お会いした当日、その時の写真や様々な資料を見せて頂いたり、中には頂戴したものまであった(遅ればせながら、会長、有り難うございます!)。

 

これから毎日、今日はビートルズに何があった日かな? と本書のページを繰るのが日課になるかも知れない。

悪くないね。

 

『75歳、交通誘導員 まだまだ引退できません』(柏 耕一 著  河出書房新社 刊)読了

 

7月の本欄に書いた『交通誘導員ヨレヨレ日記』の続編。本書にも記載があるが、前著が7万部を超えるスマッシュヒットを記録したので、新聞の連載コラムをもとにした本書を別の出版社から出すことになったらしい。僕の友人にも出版業界40年以上という人物(Tさん)がいるので、彼に本書のことを訊いてみた。まず、7万部と言う数字について。この業界ではよく数字を「盛る」が、経緯を見たところ、この7万、と言う数字は結構信頼できそう、と言うことだった。簡単に印税を計算すると、約1000万円。Tさんも驚いていたが、それでも交通誘導の仕事を続けているのは、著者の言う通り「諸事情」があるのだろう。

 

本書の構成は以下の通り。

高齢者が約半数を占める業界でーはじめに

1章 後期高齢者でも働きます

2章 今日の現場も気が抜けない

3章 この驚くべき人間見本市

4章 コロナ禍の交通誘導員

あとがき

 

「はじめに」の記述にまず驚かされる。著者の勤務する警備会社は、70代以上が何と8割を占めるという。「齢をとっても働かざるを得ない、厳しい日本の現実」とあるが、今後はますます厳しくなるだろうな。

後の1~5章は、一応章立てはされているが、基本的には、著者が今までに現場で出会った人々の点描である。以下、印象的なエピソードを幾つか挙げて行こう。

「プロフェッショナル 仕事の流儀」(NHK)と言う番組がある。2021年9月に、当時84歳の警備員(Yさん)が紹介された。著者は、84歳になっても肉体労働を余儀なくされる社会(P29)について疑問を呈しているが、番組の趣旨からか、プロフェッショナル、と言う点に力点を置き、Yさんの貯蓄や年金額などの経済生活にかかる部分は明かされていない。著者はこれを「逃げている気がした」(P29)と表現している。僕も同感だが、おそらく番組の趣旨から考えて、経済的な部分はあえて触れなかったのかも知れない。

それから「上番(じょうばん)報告」や「下番(かばん)報告」という業界用語の説明も出てくる(P93~6)。僕もこの辺を読んで、会社ごとに色々なやり方があるものだ、と感心した。これは僕が聞いた話だが、ある警備員が出勤途中に電車の中で急死した。当然、いつもの出勤時刻になっても現れないので、現場はかなり混乱したという。なんせ、働き手に高齢者が多いので、この手のアクシデントは、今後も増えることはあっても減ることはないだろう。本書にもこういう時の対策としてか、上番報告を2度(出勤開始時及び勤務開始時)入れさせる会社のことが書かれている。このようにしておけば、出勤開始時の報告はあったが勤務開始時の報告が無ければ、会社としては、いつもと違ったことが起きている、と考えて、対応ができる。でも、本社の担当者は大変だろうけどな。

ワークマンと言う会社があるが、安全靴について、この会社に救われた、という記事を書いてもいる(P104)。

いじめの話も当然のように出てくる(P150~3)。個別労働関係紛争の中で、いじめに関する紛争は断トツに多い。ここで著者は、世の中で時々言われる「いじめられる方にも原因の一端がある」と言う考え方を完全に否定している。我が国の職場におけるいじめは、中学、高校からの延長だ。いじめられるのは特定の少数者。欧米にももちろんいじめは存在するが、我が国のいじめには、欧米諸国に比べ、肉体的と言うより精神的なもの、仲裁者は少なく傍観者が多い、と言う特徴があるという(「厚生労働省調査」「いじめに関する追跡調査と国際比較をふまえて」報告書)。ま、複数人で仕事をする以上、人間関係は発生するし、気の合う、合わないもあるだろう。でも、後期高齢者になってまでこんなことに気を遣って働かなければならない、と言うのも、大変な話ではある。

最終章では、前著を出版したときの反響や、高齢者の働き方についてのラジオ出演のことなどが書かれている。

前著『交通誘導員ヨレヨレ日記』を読んで「こいつは自分のことは自慢ばかり、他人のことは悪口ばかり」とネットに書き込んだ読者の話が出てくる(P167)。正直言って、前著のどこをどう読めば、こういう感想が出てくるのか、全く理解できない。

また、WBSテレビ東京 2019年3月)、ラジオ深夜便NHK 2021年5月20日)に出演したときの裏話的なこと(P173、183)や、朝日新聞(2019年11月10日付)の取材(P190)の様子など、なかなか触れることのできない内容の話であり、興味を持って読めた。

 

65歳まで働き、そこから先は老齢年金で悠々自適、と言うのは過去の話になりつつある。厚労省の提示するモデル世帯(夫が40年厚生年金保険に加入し、妻はその間国民年金の第3号被保険者)の年金額(月219,500円程度=2022年度)は条件の良い世帯の数字であり、実際はそれより少ない受給額(月201,000円程度=年金機構 21年度)の世帯が多い。

このブログの読者の年齢層は様々だろう。でも、著者のような仕事をするか否かはともかく、自分の高齢期の就労に対する、ある程度具体的なイメージを持つことは必要になってきた、と思う。

そのことが強く意識される本だ。

 

 

 

『老人支配国家 日本の危機』(エマニュエル・トッド 著  文春新書)読了

 本書は書下ろしではなく、一部を除いて、2016~2021年の間に「文藝春秋」などに載った記事をテーマ別にまとめたものだ。各テーマは以下の通り。

Ⅰ 老人支配と日本の危機

Ⅱ アングロサクソンダイナミクス

Ⅲ 「ドイツ帝国」と化したEU

Ⅳ 「家族」という日本の病(磯田道史本郷和人との対談)

そして、冒頭の「日本の読者へ」を読めば、上記各項目ごとの内容を概括できるようになっている。この構成は読みやすい。

上記のように4部構成をとり、書名もタイトル欄に掲げた通りなのだが、本書に通底するのは、米国(或いは、米英加に豪州とニュージーランドを含めた英語圏諸国)に対する信頼と、中国脅威論に対する疑問、の二つである。特に後者については「日本は中国がこれから世界の中心になるという幻想に惑わされてはなりません(P121)」。「そもそも「全体主義体制」の国が最終的に世界の覇権を握ることはあり得ない(P159)」(ほかにもあるが省略)と言うような筆致で、冷静な筆者にしては珍しく(或いは僕が知らないだけで、本当はこういう人なのかも知れないが)断定的な表現が目立つ。また、前者についても言うと、コロナ対策において、米国が流行の中心で「酷い状況」にある(2020年5月18日時点)」と報じられているが「注目すべきは州ごとの死亡率(人口10万人当たり)(P39)」。何と、ドイツよりも低い州が存在する。ここから筆者は「米国は「個人主義的」ですが決して”アナーキー”ではなく、社会に一定の”規律”が働いている」と読み解く(P40)。そして「米国を見くびってはいけません(同)」。当時は「中国式の監視・管理こそが、感染症対策として最も有効(P40)」と言う論調が支配的だった頃だ。この頃に、筆者のような視点で観察していた者は、少なかったのではなかろうか。

 

ヨーロッパ(英国を除く)については悲観的だ。「欧州はユーロとともに死滅しつつある(P171小見出し)」。ユーロの根本的な欠陥は、各国が、経済上、人口動態上、多様化しているまさにその時に、通貨による強引な統合を強制したことにあります(P174)」。

英国のEU離脱についても、否定的な論調が多いが、筆者はこのような論調を「残薄」だとする。英国は、一旦決断して戦争(筆者は英国のEU離脱交渉を、一種の”戦争”とみている)を始めれば、負けたことが無い(P180)」。背後には英語圏諸国(上述)が存在している。「人口は既に欧州(EU)諸国よりも英語圏諸国の合計の方が多い(P114)。英国を甘く見てはいけない、と言うのが筆者の考えのようだ。

 

日本の立ち位置としては「日本はアジアの英国になり得る」として、米国が求める特権的な同盟国になり得る(P124)、と説く。そのためには「日本にとって最大にして唯一の課題(P69)」である人口減少への対策として、移民の受入れを強く主張し、これを賢明に管理することが重要と説く(P72)。しかも、単に主張するだけでなく「移民政策で犯しがちな過ち」とそれに対する処方箋まで提示している(P72~80)。

 

我が国への愛情にあふれた一冊だ。