田中慎弥と言えば、例の芥川賞受賞会見が有名だ。もう10数年前になるが、僕もこれを見ていた。終始不機嫌そうだった、と言うことだけが独り歩きしてしまったようだが、会見冒頭の、自身の受賞をシャーリー・マクレーンになぞらえた所などは、カッコよさを感じたけどね。そのあと、これも有名な、当時の石原慎太郎都知事に対する「貰っといてやる」発言。それを記者から聞いた石原の発言がまたふるっていた。詳細は覚えていないが、石原は、作家というものはむしろ、そのくらいのことを言わないとつまらないじゃないか、的な内容だった。僕はそれを聴いて、自分の表情がニヤっとなったのを覚えている。
その後時が下り、以前本欄にも書いた西村賢太の追悼番組に出演した田中を見た。この二人、仲が良かったのかな、とは思ったが、田中の作品を読もうとまでは、まだ思わなかった。先日、ネットを見ていたら本書の抜粋に行き当たり、面白そうだな、と思ったのが、本書を読む直接のきっかけになった。
大学受験に失敗し、10数年間引きこもっていた。兄弟はなく、父親が早くに亡くなったので家族は母と祖父だけ。PCもケータイも使わず、原稿は手書き(ただし本書は口述筆記である=P180)。読んでみると、田中自身が引きこもり始めた10代後半から、30代前半での新潮新人賞受賞まで、本書の読者層もこの辺りをターゲットに語っているように思える。そこからすると僕はかなり外れているわけだが、それだけに、ちょっと離れた場所から俯瞰して読めたというか、そんな感じだ。
「いまいる場所から逃げろ(P25)」「非効率でいい(P66)」「スタンダードな作品を読め(P117)」「努力と運は密接に結びついている(P178)」等々、覚えておきたい単語やフレーズが随所に出てくる。僕なんか、日々、ネットトレード画面に集中しているが、読後には、(自分と田中の居場所は)そんなに離れてはいないな、と思ったよ。