rocco's log ~the 社労士 trader~

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『マクドナルド&ジャイルズ』再聴、そして再考。

本作は、キング・クリムゾンの創設メンバーであるイアン・マクドナルド、マイケル・ジャイルズの二人が、クリムゾン脱退後に発表した唯一の共同作業の成果だ。

本作を初めて聴いたのは、1975年頃だと思う。僕のリアルタイムでのクリムゾン体験は、1974年頃、第2期クリムゾンの最終作、『レッド』からだ。この前後にデビュー作の『宮殿』以降、『暗黒の世界』までの作品を短期間で聴いた記憶がある。確か『宮殿』を聴いたのは『レッド』より先だったと思う。あるバンドのファンになると(クリムゾンのような特殊なバンドならなお更)、直ぐにでも、最新作に至るまでの、そのバンドの音楽的変遷を知りたくなるのは、自然な感覚ではないかな。

既にその頃から、デビュー作の『宮殿』と当時の最新作の『レッド』とで、なぜこうも異なる印象の音楽になっているのだろう、と言う疑問を持ってはいた。その疑問は、後に、アルバムごとの度重なる構成メンバーの変遷を知って納得するのだが。

第1期の代表作『宮殿』はマクドナルド、第2期の代表作『太陽と戦慄』はフリップを中心に制作された。先述の「異なる印象」の原因は、マクドナルドとフリップ、二人の、大きく異なる音楽的特性からくるところが大きい。その違いが良くわかるのが、本作『マクドナルド&ジャイルズ』とクリムゾンの第2作『ポセイドンのめざめ』両作の違いだ。『ポセイドン』は(マクドナルドが主体となった)『宮殿』に挑戦するような作品だ。レコードのA面の曲調は、両作とも「ハード→静寂→ドラマチック」と言う順で並ぶ。しかし、その出来は全ての曲で『宮殿』の収録作には及ばない(確かにタイトル曲「ポセイドンのめざめ」などはメロトロン好きにはたまらない曲ではあるが)。フリップの思想が音楽的に結実するのは『太陽と戦慄』からなので、『ポセイドン』から『アイランズ』までは、フリップは『宮殿』の幻影と戦っていた、と言うような印象さえいだいてしまう(ファンなら、この時期の多くの曲が「フリップ=シンフィールド」の共作と言うことは知っているだろう。シンフィールドはマクドナルドの盟友、つまり『宮殿』側の人間である)。

しかし、マクドナルドとフリップの関係(言うまでもなく、この二人は、ともに天才だ)が、それほど険悪だったのか、というと、そういう感じでもなかったようだ。『レッド』にはマクドナルドがゲスト参加しているし、以前観た1990年代辺りのインタビュー(確かBSTBSで放送された)では、マクドナルドはフリップに関し「彼はとてもユニークな人間」と言う意味のことを穏やかに話している。ま、ファンの勝手な推測だが、『ポセイドン』の前にマクドナルドがクリムゾンを抜けたのも、メンバー間の確執、というより彼自身の精神的な問題であったように思う。

 

実は今回『マクドナルド&ジャイルズ』を再聴したのも、いつも音楽を聴くためだけに使っていたソニースマホが機嫌悪くなってしまい、再起不能のようなので、昔使っていたウォークマンを引っ張り出した。そして入っているアーティストを見ていたら、マクドナルドの作品が二作入っているのに気付いたからだ。そのうちの一つが本作。もう一つは1999年発表の『ドライヴァーズ・アイズ』。これについて書くのは後日にしたい。

本作『マクドナルド&ジャイルズ』の発表は1971年1月、クリムゾンの2作目『ポセイドン』は1970年5月だ。時間的にも近接している。結局、クリムゾンは、フリップのギターとメロトロンが描く、暗く耽美的な即興演奏の方角に進みだしたわけだが、本作を聴くと、その後のクリムゾンの世界観とは大きく異なる音楽を聴くことができる。そして、少なくともクリムゾンの2作目よりは、本作の方が出来が良い。本作を一言で評するならば、もしマクドナルドがクリムゾンを脱退せずに、1作目と同様に音楽的主導権を握って、好きなようにクリムゾンの2作目を作っていたら、本作のようなものが出来上がったのではないか、と言うことだ。無論、実際にはそうならなかったわけだが、マクドナルド主導のクリムゾン、というものがもし存在していたら、と想うファンの無いものねだりを、少しではあるが満たしてくれる作品が本作である、と僕は思う。

でも結局、これ一作で終わってしまったのは、高評価がクリムゾンファンの間だけに留まり、マーケット全体の支持を得られなかったからだろう(クリムゾンの『ポセイドン』は全英4位を記録したが、本作はチャート・インした記録を見つけることは出来なかった)。

ところで、1970年代初頭と言えば、我が国では大阪万博を思い出させる。万博については過去に本欄でも触れたことがあるが、当時12歳だった僕には万博会場は正に未来都市のように思えた。そういう未来への希望、躍動感みたいなものが本作には感じられる。特に「明日への脈動」「バードマン」と言った曲にそういうイメージが顕著だ(やはり、その後のクリムゾンとは大分違う)。ま、クリムゾンやマクドナルドと大阪万博は何の関連も無いのだろうが、僕個人の歴史の中では、1970年代初頭と言う時代背景の中に、本作や万博が上手く収まってしまうのだ。