世界規模の停電によって、ビートルズが存在しなかった世界になってしまった。しかしその中に、ごくごく少数、停電前の世界(ビートルズが存在していた世界)の記憶がある者がいて、その一人が主人公(ジャック)だ。
彼はビートルズの作品を自分の作品として歌い、スターへの道を歩もうとする。ある日、コンサートが終わった後、楽屋に二人のファンが訪ねてきた。彼らはジャックと同じ、停電前の世界でビートルズの存在を覚えていた。ジャックは、ビートルズの曲を自作の曲として歌っていることを謝罪するが、彼らの反応は意外にも、ジャックにビートルズの曲を歌って広めてもらったことへの謝意だった。そして二人はジャックにあるメモを手渡す。そこには、ビートルズが存在しない世界で生きているジョン・レノンの住所が書いてあった。ジョンは船乗りとして人生を生き、齢78になっていた(ビートルズが存在しない世界なので、銃撃による死亡からも免れていたわけだ)。
この二人の出会いの場面は良かったな。ジョンはジャックにサジェスチョンを与え、結果的にジャックは、今まで自分が歌ってきた曲は自作ではなく、別に作者がいること、そして自分の富や名声を投げ打ち、これらの曲をネット上に無料公開することを決意する。
我々は現実世界で、ジョンが凶弾に倒れたことを知っている。それまでの数年間、ビジネス面はヨーコに任せ、ジョンはショーンを育てながら主夫業に専念していた。そんな経験を経ての再スタートの第1弾が『ダブル・ファンタジー』だったわけだ。存命なら80年代以降、こうした新しい生活に根差した数々の傑作を我々は聴くことが出来たはずだ。
本作のジョンは、もちろん曲を発表するわけではない。でも、78歳で存命と言う設定が、昔からのファンを泣かせるな。パラレルワールドと言う設定だと、こう言う夢のある作品も作れるわけだが、ファンとしては、現実世界でジョンに生きていて欲しかった。この作品を観て、そんな思いが込み上げてきたな。