rocco's log ~the 社労士 trader~

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『日本左翼100年の総括』(池上彰×佐藤優 文藝春秋8月特別号掲載)を読む。

池上と佐藤は昨年『日本左翼史』(1945-1960 及び 1960-1972 の2冊)を講談社現代新書としてリリースしている。2分冊の力作。興味はあったものの「読むのに時間かかりそうだなぁ」と思い、躊躇していた。そんな時に文藝春秋でこの特集が組まれ、これなら読めそうだ、と思ったわけだ。対談と言っても、この二人だからな。紙幅の割に読みごたえは十分あった。

共産党社会党新左翼、、、彼らは何を残し、何を壊したのか」と言うサブタイトルが地味目に付いている本特集は、

①なぜ日本に健全な野党が根付かなかったのか? 

②100年間の黒歴史 

③しのびよる左翼の時代 

の3つのパートから成る。

①の最大の理由は、今となっては自民党の懐の深さ、が最大の理由のような気がする。本文中でも、田中角栄の事例(P97  佐藤)や亀井静香の事例(P97  池上)が紹介されているが、僕が最も印象深かったのは、1986年の衆参同日選での自民の圧勝だ。このとき首相だった中曽根が「自民党は左にウィングを伸ばした」と語ったことが池上によって紹介されているが(P98)、本来は政権への不満の受け皿となるべき社会党が、護憲・非武装中立と言う観念で固まっていたので、現実的に考えて行動する層の受け皿がどこにもなくなってしまった、と言うのが実際のところではないだろうか。逆に、今の自公体制が崩れる可能性は、自民党が右にウィングを伸ばす、例えば高市政権の成立などがあれば、その可能性は高くなる(P98 佐藤)。

また、僕は政党が政権を目指すには、長期的なビジョンに基づく合理的な政策の選択が必要になると思うが、社会党はその点でも厳しいね。1989年の参院選社会党土井たか子委員長は消費税導入に反対した。選挙には大勝したが、これは果たして合理的な行動だったのか。北欧諸国は高福祉を高い消費税率(高負担)で実現しているが、自民党は賛成し、社会党は反対した。これについて池上は異を唱えている(P101)。あきれているのだろうが、この辺は難しいな。どのくらいの有権者が、この時点で、この問題についての事の重大さを理解していたか。目先の負担感だけで決めてしまっていなかったか。

②は池上センセイの「右翼」と「左翼」の語源の解説から始まる(P104)。後半で、1970年代以降、左翼運動が急速に退潮した原因の一つを、革マル派中核派など、新左翼同士の内ゲバの激化を見て、民衆が離れて行ったことが書かれているが、そりゃそうだろう(P113~4)。また、転向について書かれている箇所も面白い(P107~113)。池上は、転向した左翼運動家たちの心理をうまく表現している曲として、荒井由実の「『いちご白書』をもう一度」を挙げている(P111)。猪瀬直樹についての記述は笑える(失礼!)。本特集を通して読むと、池上と佐藤の多少の「ズレ」を行間から読み取ることができるが、この二人の猪瀬評は一致している。ここは本対談で両者の主張が最も一致している箇所ではなかろうか。

③は「地球環境と世界戦争の危機を前に、共産主義は甦るか」との副題付きだ。池上はここで二人のキーパーソンを挙げる。先ず最初は斎藤幸平だ。③の冒頭で斎藤のベストセラー「人新世の『資本論』」について二人が語っている。池上は斎藤について、マルクスの描いた理想を、共産党と言うツールを使用せずに達成するような考え方、と紹介している(P115)。僕も2021年9月18日付の本欄で本書を採り上げ、その時すでにベストセラーになっていた本書を日本共産党がスルーしていることについて疑義を呈した。それが今回、池上と佐藤の対談を読んで腑に落ちた。本書は日本共産党の目指すような、労働者による革命を経て共産主義政権を樹立するという方法論とは一線を画している。つまり、斎藤の言う社会変革に共産党は不要なのだ。池上は斎藤の思想をコミュニズムではなくコモンニズムと呼んでいるが、本書を読んだ人なら的を得た指摘だと思うだろう。日本共産党も、その辺のことがわかったので、斎藤に近づかなかったのではないか(佐藤は「斎藤とまともに論戦したら、共産党は負けてしまう」とまで言っている(P116))。

もう一人は、重信房子。最近、刑期を満了して出所したが、その時のニュースを見て、まだ熱心な支援者がこんなにいるんだ、と驚いた。2000年に重信が逮捕されたとき、革命の達成に向けて頑張る、と言う趣旨の話をしていたことを覚えているが、当時、我が国で進展していたのは、IT革命である。今後、この人は何を頑張るのだろう、と思ったな。それから、1970年代に流布していた、愁いを秘めた大人しそうな写真と、釈放時の本人の映像とのギャップがありすぎて、驚いた。

それから、佐藤が東京拘置所に収監されていたとき(2003年)に、隣の独房に坂口弘がいた、と言うエピソードを明かしている(P117)。佐藤は、坂口が独房で見せた深い自省について、肯定的に評価している。

対談の最後で「左翼思想に感じる最大の懸念」が語られる。それはファシズム化である、と佐藤は言う(P120)。確かに「自分たちの世界観こそが絶対的なものであり、それ以外はすべて反共だ」と言う断定はファシズムそのものだろう。しかし、公平を期するために言えば、それは極右思想についてもいえることだろう。僕の大学のゼミの指導教授は「左右の全体主義の危険性」についてよく話していた。つまり、極右と極左は、自分たちこそが絶対であり、それ以外を排除する、と言う点において、一つの言葉でくくることができる。それが「ファシズム」だ。我が国もつい70数年前に経験したではないか。こういうことは忘れてはいけないね。

 

今回の特集では、この対談の他にも、筆坂英世による「宮本顕治不破哲三」や田原牧による「『私党』重信房子日本赤軍」など、面白い内容満載である。前者では「不破の自宅に党本部の食堂部からコックが派遣されている(P121)」、後者では「元日本共産党政治局員の伊藤律が重信と文通していた(P135)」など、初めて知る事実が、次々と明かされる。

そう言えば、生きているのか死んだのか、消息不明だった伊藤律が生きていて、1980年に中国から帰国したときの朝日新聞の報道ぶりは、凄かったなぁ。