面白かった。
単行本380ページ。長編だが、長さはあまり感じない。
作者である佐々木譲の名は、本作ではじめて知った。しかし、奥付には1979年に『鉄騎兵、跳んだ』でオール讀物新人賞、とある。このタイトルには見覚えがあった。このころ僕は、高田馬場にあるスクールで、文章作成の講座をとっていて、担当の先生が、同じ賞を受賞していた。たぶん、その関係で覚えていたのだと思うが、読んだことはなかった。また、以前本欄で紹介した『作家の値うち』(小川版)でも、警察小説の高評価に対して、佐々木の歴史小説に対する評価は今一つだった。
本作は、歴史小説にSFの要素を絡ませたもの。日中戦争、太平洋戦争で、日本は中国、米国と戦い、敗れ、国土は焦土と化した。本作の主人公・藤堂直樹は、陸軍中野学校出身の元工作員。彼に対し、東京帝国大学の守屋と和久田の両教授は、4年前(話は1949年の設定)に日本の敗戦によって幕を閉じた戦争を、過去にさかのぼって未然に回避してほしい、という信じがたい提案をする。九州、筑紫山地にある「百年戻し」の伝承が残る洞穴が、過去と現在を行き来できる穴だという。これを使って満州事変勃発前に戻って、関東軍という名の帝国陸軍の謀略を阻止し、太平洋戦争に至る一連の流れを食い止め、歴史を変えろ、というのだ。藤堂は、元同僚の与志、偶然知り合った千秋の3人で、「百年戻し」の洞穴に入る。
藤堂たちが中国の抗日勢力と協力して(ということは、抗日勢力に「百年戻し」による時間遡行の件を話すのだが、彼らは、信じられないまま、協力するのだ。しかしその辺の筆致は、不自然さを感じない)、具体的に行動を起こす後半は、スリルとサスペンスに満ちている。映画化にも耐えられるんじゃないか。
しかし、こうも思う。我が国は戦後、自由・民主主義・法の支配に則った平和国家として歩みを進めてきた。これを可能ならしめたのは、敗戦によって、小津安二郎が言う所の「つまらん奴等が威張っている」時代と決別できたからだ(それには多大の犠牲が伴ったわけだが)。もし藤堂たちの計画が「完全に」成功してしまうと、威張っているつまらん奴等も生き延びてしまうのではないか。果たして、そのような世界を我々は望んでいるのか。そんな世界は著者も望んでいないのだろう。本作を最後まで読めば、それはわかる。
最近、小説はあまり読んでいなかったが、こう言う作品を読むのは楽しいね。良い時間を過ごせた。